2011年3月11日午後2時46分発生しました、 巨大地震「東北地方・太平洋沖地震」の状況を、お知らせします。
警報を自宅で聞き、その直後、ゴーという唸りにも似た音とともに、二〜三分、すごい揺れが襲ってきました。幸いにも、私の住んでいる所、湯ノ岳は、被害は無く、ご安心ください。
すでに、テレビ、ラジオ等でご承知と思いますが少し、状況をお知らせします。被害甚大の模様。日本沈没とも思えるこの事態、明日以降解るでしょう。
当時、薪ストーブで炭つくりをしながら、災害用携帯ライト付白黒テレビで国会討論を聞いてしました。警報速報が発表され、その直後、大きなゆれが襲いました。
若干、不安定に置いていたものと、人形数個倒れただけでした。家具の倒れも無く、破損もありませんでした。湯ノ岳のパノラマラインは、通行止めです。
湯本の町では、瓦が落ちたり、ショーウインドウのガラスが割れたりしていました。ほとんどのお店は、商品の落下、それに伴う清掃等で休業になっていました。水が出ず、飲食店も閉店です。
海岸近辺の小名浜や勿来など「大津波」で相当被害が出ている模様です。また地盤の隆起などにより、被害が出ているとことです。
テレビの報道によると、近くにある、東京電力福島原発で重大な事が起こっている模様です。「想定外」という言葉は、聞きたくない!。日本国政府も、東京電力も「安全だから安心して」とばかり言い、それを信じた人、「安全神話」が崩壊した。
今も余震が起こっています。
2011年3月11日 夜10時 草木庵 渡辺音芳
2011.3.12NHKニュースより福島・相馬 大津波よる浸水
いわき市内各地の道路で陥没や隆起が起こっていました。また、液状化も起こっていました。ブロック塀も崩壊していました。 下の写真は、湯本八仙団地の路面の陥没・地割れの写真です。湯本の時計屋さん、ショーウインドウ。森田屋の尺八のみせも被害 翌3月12日撮影
東京電力福島第一原発1号機
11/03/13(日) 晴れ。東電は、三号機の冷却機能が失われたとして、「緊急事態」を国に通報。枝野官房は、「メルトダウンの状況ではない」言った。しかし11時1分爆発。気象庁震災規模M9.0に修正。当初、M「7.9」「8.3」「8.4」「8.8」と随時訂正。統一行動中止。水持っていく。渡辺正道さん水汲みにくる。渡辺藤一さんたちも水汲みにくる。小枝集め。炭作り。風呂入る。(日記から挿入) 3月13日現在、ネツトカフェが被害をうけ、アップできません。気象庁午後6時津波注意報全て解除。
11/03/14(月) 晴れ。午前11時1分、東京電力福島第一原発三号機水素爆発。回覧二回来る。小枝集め。炭作り。渡辺正道さん水汲みにくる。自転車でマルトにいくが品物、ほとんど無い。「震災報告」のはがき出す。郵便局の職員いわく、「何時配達できるかわかりません」との事。(日記から挿入)
11/03/15(火)晴れのち曇り夜雨。午前6時14分、東京電力福島第一原発二号機で爆発音。午前9時38分、第一原発四号機で火災発生。確定申告の提出期限だが、震災で延期可能になった。蒔き切り。炭作り。渡辺千恵子さんたち水汲みに来る。夜、10時半ごろ、静岡県東部・富士山で震度6強の地震発生とのこと。(日記から挿入)
3月16日(水)明け方まで雨。日中晴れ、小雪舞う。 ガソリンスタンドもショッピングセンターも売り切れ、我が家は、マキストーブで消し炭を作り、コンロに炭を入れ、暖をを取っています。
3月18日(金) 晴れ。今日、地震から7日目。東京電力は、今まで、その公表を隠したり、偽造もしてきた。時の政府も言いなりになってきた。 地震というのを、マグニチュード8だからというお決まり文句でいうのは、もう当てはまらない。
今回の原子炉は、プルサーマルを稼動しており、さらに日本で一番古い原子炉であること、すでに警告を発しつづけてきた。しかし、昨年プルサーマルを稼動し福島県も、国も推進してきたことは、非常に重いことである。
3月19日(土) 晴れ。今日、いわき市から自治会を通じて、福島原発の事故に伴う「安定ヨウ素剤」が配布されました。 午後6時58分頃、震度5+の地震がありました。 報道によると、郡山市長原正夫氏は、「今の福島原発は廃炉にすべきだ。」と述べ、国に提言したと報じました。
3月20日(日) 晴れ。自転車で町まで〜水道から水、いまだ出ず。給水車を待つ人多し。湯本の温泉営業中止の張り紙〜帰路中道端の土筆、蕗のトウ、ヤブカンゾウを採集、夜、味噌和えで食す。昭子、原発におびえる。蒔き切り。炭作り。公園に木を取りに行く。
ショッピングセンター 「マルト」は、近くの釜の前店は閉店中、下湯長谷店の状況です。陳列棚とレジ付近、午後0時58分ごろの店内、この三十分後、品不足で閉店になりました。このお店は、明日は閉店とのこと。
白鳥デーケアーの敷地陥没
田圃をつぶして造成中の土地の液状化の痕
ブロック塀の破損、危険個所
御斉所街道脇の湯本ののり面の崩落発見
3月20日の常磐/湯本の震災の状況
原発事故が拍車をかける水・灯油・ガソリン・食品の不足!
レジ付近の様子 買い物をしていた人の素朴さ、「大津波に流された人のことを思えば、幸せと思うよ」と話してくれた。八十歳くらいのおばあさんは、リュックを背負い買出しにきていた。
いたる所に屋根がわらの崩落あり
交通事故ではありません。対向車もありません。やっと開いていた陸前浜街道沿いのガソリンスタンド、給油待ちの車の列約1.5キロ、反対車線も給油待ち―給油制限中
TVの写真は、翌12日挿入しました。
3月21日(月) 雨。 雨のため外に出ず。マスコミは、何故かいわきの震災被害の様子をあまり伝えていない。ここいわきに住むものでも、久ノ浜、四ツ倉、塩屋崎、豊間、江名、中之作、永崎、小名浜、小浜、錦、勿来、など約40キロの海岸線を有しているが、被災の様子が、分りません。
3月22日(火) 雨 小雨。風評被害は、すでに、茨城の原研での放射能被爆事件のときも起きていた。あの事故から数年経っていても放射能の問題が、残っていた記憶があります。
3月23日(水) 晴れ一時小雪舞う。 今朝震度5+の余震が二度ありびっくり、11日の本震より大きく感じ、本震の時は落ちなかった品物が、今回は落ちてしまい破損もありました。直後からヘリか空を舞い、ニュースで御斉所街道沿いの上遠野の道路に落石を報じました。今日、3日ぶりに、町まで自転車で出かけました。20日に比べれば、幾分車の走る量が多くなった気がします。7.12M6.0/7.13M5.8/7.34M5.5/7.36M5.8実際は四回あったと国土地理院および気象庁は発表しています。いずれもいわき市が震源です。太文字は、5月31日追加挿入です。
放射能汚染について、政府は、一年間に浴びる量の10分の一だとか、すぐに影響は、出ないから安心してくれとばかりいいう。安全と安心を標語してきた原子力発電会社と日本国政府は、被災者にその責任をとらなければならない。原子力事業は、すべからく100%でなければならない。想定外の地震と大津波でやむ終えなかったでは、済まされない。
すでに、地震と大津波で被災した町は、再建への道を歩みはじめている。しかし、原発でゴーストタウンになった町を、どのように、再建できるか? 避難した人々が本当に帰れるのか。そこで再度生活・生産活動ができるのか。今後、大きな課題を残した天災と人災の複合被災者への支援を!
日本人は、三度の被爆体験(広島・長崎・ビキニ)と、今回の目に見えぬ放射線という殺戮に脅かされている。恐怖から、精神的にも傷ついている人もいる。 余震が今も起こった2011年3月23日 午後 11:25:26
湯本温泉の「湯本温泉神社の大鳥居が倒れました。
いわき四季の森公園の通り、湯本、荒川線の路面の亀裂
3月25日(金) 晴れのちみぞれ。2月ごろの気温でした。今日、3月25日巨大地震から二週間目、未だ回復の目処どころか、東京電力福島原発の状況は、悪化するばかりです。道路の亀裂は、いたるところにあります。ガソリンスタンドは、長い車の行列。一時の待つ時間は、いくらか短縮したものの、営業しているスタンドが少なくいのが現状です。「お客さんの為、新潟まで仕入れに行った」と、藤原町別所のお店モンペリの店主は、話してくれました。
3月26日(土) 晴れ。24日に発生した下請け(東電では、協力会社といっている)労働者の被爆から、三日たった今日、東京電力は、またもや情報隠しとも取れる会見を行った。情報が遅い!
原発避難民は、流転を余儀なくされて、どこへ行くのか不安である。
相変わらず、ガソリンスタンドは、「品切れ」の表示で開いていない。町には、車の走行している数が増えてきました。
今朝の8時20分からのNHKふか読みでいわきの人の声として、いわきのことを忘れているのではとの切実な声を紹介していました。福島で一番多い人口のいわき市は、見捨てられているような気がします。被害妄想でしょうか?
3月27日(日) 晴れ一時小雪。
福島県でも死亡
ニュースによれば、福島県棚倉町でガソリン給油のため、並んでいた車の中で、一酸化炭素中毒で、死者で出たとのこと。寒さを防ぐため、練炭を車の中に入れ、暖をとっていたらしい。ガソリンの消耗を防ぐため、エンジンを切って練炭で暖をとっていたようです。震災の犠牲者である。
この件で、NHK(東京)は、ガソリン不足の原因は、緊急車両のみのスタンドや、交通事情により給油が不足しているとのコメントしていたが、いわきを含め福島の場合はその指摘は違います。原発による放射能汚染を警戒して、県内に入るのを拒んでいるのが現状です。NHKも現状認識を!正確な報道とコメントを!NHKは、原発を恐れて、いわきに取材にはいっていないのかなぁ〜?
今日、震災後初めて宅配便の配達がありました。曰く、「ガソリンがある限り届けます。」との事。22日集配の品物が、27日届きました。
3月28日(月) 晴れ。日が出ていると暖かいが、木陰は、肌寒い日が続いています。今朝、震災地域情報で、「近くのガソリンスタンドが開くよ」と大家さんが教えてくれ、早速車を走らせ、行ったら、すでに給油待ちの車の隊列と同時に品切れの表示を持った案内人が、「今日、明日入るかどうか判りませんので」と、別のスタンドに向かう。すでに警告ランプがつきっぱなし。でそんなに長く走れない。給油所見つける。並んでいる。湯本まで行くと、給油待ちの列の最後尾つく。数分もしないうちに、私の後にも続く。少し進んでは、止まると、エンジンを切る。ガソリン節約のため。スタンドに着いたら、メンバー会員以外は、1000円までということ6gぐらいしか入らない。震災前の値段より30円以上高くなっている。もう一度並ぶ。やっと入れることができた。
知人宅にパソコン借りにいくが、更新できず。ブロックされているか解らない。万が一にもネットカフェが営業していることを念じつつ車を走らせる。幸運にも一軒開いていました。震災後、初めて更新し、知人たちからのメールも開くことができました。また数日後、更新いたします。
3月29日(火)晴れ時々曇り。ごみだし。小枝集め。炭作り。湯ノ山頂付近のパノラマラインを撮影しました。
提言する
空家、空き室の国と東京電力により補助、買い上げ等により被災者の生活を保証せよ
何度となく、日本共産党の要請で、「びらまき」で各地を何度となく行ってきました。沢山の空き室や、空家のあることに、驚いていました。今こそ、国の責任で、実態を直ちに調べ、被災難民・原発難民を、助けるべきではないでしょうか。
原発による被災者は、三重苦に苦しめられいます。その週辺の業者は、多難で深刻な問題に直面しています。農業は、見通しすら立ちません。今の時期、田畑を耕作し、種をまく時期ですが、これを作っても売れる保証は、まったくありません。漁業に携わる人々は、「自主操業控え」という事態に直面しています。
プルトニュームが検出されたこと報道が遅い。すべからく遅い!
下記の資料は、
しんぶん「赤旗」3月28日付より
“安全神話”と決別し全国の原発総点検を
北海道「泊原発」
青森「大間原発」計画中
青森「東通原発」
宮城「女川原発」
福島「浪江・小高原発」計画中
福島「福島第一原発」
福島「福島第二原発」
茨城「東海第二原発」
静岡「浜岡原発」
新潟「柏崎刈羽原発」
石川「志賀原発」
福井「敦賀原発」
福井「ふげん」閉鎖
福井「もんじゅ」
福井「美浜原発」
福井「大飯原発」
福井「高浜原発」
島根「島根原発」
山口「上関原発」計画中
愛媛「伊方原発」
佐賀「玄海原発」
鹿児島「川内原発」
稼動54基 計画14基
湯ノ岳パノラマライン(県道)は見るも無残な状態です。特に湯ノ嶽観音堂の先の中央車線から左側が20cmあまりの段差ができていました。
観音堂は無事でした。
原発の風評被害で、福島の老舗旅館が廃業したとの報道、福島イコール原発イコール放射能というイメージが、平和にすごしていた人々を、どん底に追いやった原発政策、君たちの責任は?若女将の佐藤亮子さん(26才)の無念さ、人事ではない。60K以上離れたところです。まさか原発と言う大津波が阿武隈山系を越えてこようとは。
この震災報告のウェーブサイトは、緊急に2011年3月28日開設いたしました。
URLhttp://whcc.maiougi.com/soumoku-news/iwaki-koukokan-2.html
〒972-8326 福島県いわき市常磐藤原町湯ノ岳24-2
草木庵制作
参考 地震・断層/原発関連のHP
| 震災直後の我が家の様子2011年5月23日記 |
4.11/4.12地震の新聞報道を紹介します。
6月4日 島根県東部の地震 M5.2最大震度4 6月4日01時57分
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3月29日の全国での地震速報値(午後8時現在)震度1以上は20回 午後7時54分最大震度4を郡山市湖南町、田村市大越町で観測 3月29日の全国での地震は、震度1以上を47回を観測 |
| 3月28日の全国での地震速報値震度1以上は69回 |
| 3月17日の福島県内での地震速報値(午後9時現在)震度1以上は9回。震度1以上の3.11以降福島県では231回、震度4以上は26回になっている。 |
| 3月27日の全国での地震速報値(午後4時現在)震度1以上は52回 午前5時36分 いわき市三和で震度4を観測 26日震度1以上72回 |
| 12日3時59分ごろ 震度6強 M6.2 長野・新潟 12日4時46分ごろ 秋田 M6.4 2011年3月12日22:15: 0.0 37゜ 6.0'N 141゜24.0'E 40km M:6.0 福島県沖 最大震度:5弱 |
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3月15日 午後10時31分ごろ 静岡県東部の地震M6.42011年3月15日22:31: 0.0 35゜18.0'N 138゜42.0'E 10km M:6.0 静岡県東部 最大震度:6強 3月15日地震発生回数全国46回、福島を震源とする回数回 3月16日地震発生回数全国49回、福島を震源とする回数回 |
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3月19日茨城県北部の地震 3月19日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回
3月20日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
震災報告35 7月1日〜10日明日4ヶ月目、今朝9時57分三陸沖を震源とするM7.1
福島県いわき市周辺は、M3以上1923年8月以降まったく地震がありませんでした。
正確には、気象庁のHPをご覧ください。
震災報告その1=3月11日〜3月29日は、このページです。
| 自転車で湯本、鹿島まで行く。ネットカフェいまだ閉店。帰りの途中下浅貝の商店に入る。商品少ない。白菜買うが、店の方は、震災前に仕入れたもので、放射能はまったく心配要らないからとのこと。何回も言う。矢津団地で地すべりによる家屋の崩壊ありとのこと。(3月24日の日記から) |
3月11日地震発生回数M2以上全国85回、福島を震源とする回数19回
| 3月12日地震発生回数全国135回、福島を震源とする回数29回 |
| 2011年3月19日18時56分に茨城県北部の深さ5kmでM6.1の地震(最大震度5強)が発生した。この地震の発震機構(CMT解)は北東−南西方向に張力軸を持つ正断層型で、地殻内で発生した地震である(この地震による被害は不明)。 また、2011年3月23日07時12分に福島県浜通りの深さ8kmでM6.0の地震(最大震度5強)が発生した。この地震の発震機構(CMT解)は東西方向に張力軸を持つ正断層型で、地殻内で発生した地震である(この地震による被害は不明)。 余震は徐々に少なくなってきている。 1923年8月以降の活動を見ると、今回の地震の震源付近(領域d)では、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生する前までの間、M5.0以上の地震はほとんど観測されていない。 (気象庁HPから) |
2011年3月11日の
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| 主な地震活動について
2011年3月の日本およびその周辺域におけるマグニチュード(M)別の地震の発生状況は以下のとおり。
2010年3月以降2011年2月末までの間、主な地震活動として評価文に取り上げたものは次のものがあった。
3月9日に三陸沖でマグニチュード(M)7.3の地震が発生し、宮城県で最大震度5弱を観測した。また、大船渡で55cmなど、東北地方や北海道地方・関東地方の一部の太平洋沿岸および伊豆諸島で津波を観測した。○ 3月9日に三陸沖でM7.3の地震が発生した。この地震の発震機構は西北西−東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で、太平洋プレートと陸のプレートの境界で発生した地震である。GPS観測結果によると、この地震に伴い、大船渡観測点(岩手県)が約3cm東南東に移動するなどの地殻変動が観測されている。 |
| a) 3月9日に三陸沖でM7.3の地震(最大震度5弱)が発生した。午前11時45分 三陸沖 M7.3 震度5弱この地震の最大余震は3月10日に発生したM6.8の地震(最大震度4)6時23分 三陸沖 M6.8 震度4である。 b) 3月11日に三陸沖でM9.0の地震(最大震度7)が発生した。気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。この地震の最大余震は同日に発生したM7.7の地震(最大震度6弱)である(4月8日現在)。 c) 3月11日に福島県中通りでM5.1の地震(最大震度不明:調査中)が発生した。 d) 3月11日に宮城県南部でM5.2の地震(最大震度4)が発生した。 e) 3月12日に秋田県沖でM6.4の地震(最大震度4)が発生した。 (上記は、平成23年4月11日地震調査研究推進本部地震調査委員会の資料による。) |
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2011年3月14日10:02: 0.0 36゜30.0'N 141゜ 6.0'E 10km M:6.2 茨城県沖 最大震度:5弱 3月14日地震発生回数全国50回、福島を震源とする8回数回 |
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2011年3月13日08:25: 0.0 37゜54.0'N 142゜ 0.0'E 10km M:6.2 宮城県沖 最大震度:5弱 3月13日地震発生回数全国59回、福島を震源とする回数回 |
| 3月18日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
| 3月21日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
| 3月22日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
| 3月23日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
| 3月24日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
| 3月25日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回 |
この先東京電力福島第一原発から20K以内広野町国道6号線信号機も消え、パトカーのみ、ここから進入禁止2011/4/6撮影
震災報告その2以降は、下記です。
3.11震災9日目のお店「マルト」店内の様子
4.11地震によりできた断層2メートル井戸沢断層(塩ノ平断層)2011/5/5撮影
3.11津波で真っ二つ引き裂かれた消防車
4.11地震で、建徳寺=お寺の山門も瓦解し参道も崩壊。
4.11地震湯ノ岳断層(藤原断層)は、ハワイアンズを直撃し、隣のゴルフ場を引き裂く。
3.11地震ガソリンの給油を待つ車の列2011/3/20撮影
3.11地震と津波で洗い流された豊間の町とこの前日まで奏でていたであろうピアノ
いわき発2011.3.11/4.11地震・津波・火災・原発・断層・液状化による被害の実態の報告です。
2011年7月15日現在4166枚の写真を写す。(2011年3月11日から7月15日まで) 注;一部の写真をクイックしますと、そのページへジャンプします。 お詫び;一人での取材・編集ですので多面的にとらえ、報告出来ないことが残念です。
4.11地震白坂断層2011/4/24撮影
4.11地震で湯ノ岳断層動く13万年ぶりに2011/4/27 撮影 経済産業省原子力安全・保安院「動かない」と言った断層は動いた。6月6日渋々認める。
3.11地震・津波が浜通り海岸部襲う。被災した人が再会し、喜び合う人々。薄磯海岸にて2011年4月2日撮影
| 3月14日出した「お知らせ」ハガキが届いていないようなので、3月23日「災害用郵便」で3.11震災報告のハガキを投函=私としては、ただ「無事です。心配しないでください。」とのお知らせの気持ちでしたが。 |
貞観地震・津波の研究は、多くの人々によって研究がなされています。
貞観地震について869年(貞観11年)5月26日陸奥の国の境が一番ひどい被害にあった。マグニチュード8.5(震度6)と推定され津波の波源域は宮城県から茨城県北部にかけて発生した巨大地震であった。(日本大学文理学部デジタルアーカイブより)
歴史上の事実を軽視すな!
湯ノ岳断層(藤原)は、参道を駆け抜けていました。マスコミ報道は皆無です。
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私は、放射線測定器を見ること、扱うことは、これで三回目です。最初は、50年前、島根県立大田高校時代科学部化学班でウィルソンの霧箱を作成したとき、そしてその後、東京・神田の会社「東亜ラジウムK.K.」に勤めていたとき、ラジウム製品の検査のため理化学研究所に行き、検査の時お目にかかったものです。いわゆる「ガイガー カウンター」といわれていたものです。 普段の生活では、全く要らないものです。無用の長物ですが、まさか、50年後使うとは、思ってもいませんでした。しかも原発事故で測定するとは。 |
| 東京電力福島第一原子力発電所爆発に伴う放射線測定値と測定場所の地図=湯ノ岳平和研究所提供=2011/7/25以降測定速報 |
| 4月11日/12日の地震で、いわき市内で数カ所で温泉が吹き出ました。いわき市内郷町・いわき市渡辺町などから温泉がわき出てきました。 |
3月11日(金)晴れ一時雪。朝、塵だし。
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福島県の太平洋側沖合では、県内全域に被害を及ぼした1938年の福島県東方沖地震(M7.5)や1987年に福島県沖で続けていくつか発生した地震(最大M6.7、M6程度の地震は5回)などが知られていますが、M8を越えるような巨大地震の発生は知られていません。1938年の福島県東方沖地震は塩屋崎の東方で発生し、県内の広い範囲で震度5が観測されました。小名浜の検潮所では107cmの津波が観測されましたが、津波による被害はありませんでした。地震の揺れにより家屋、道路、鉄道などの被害を含め、県内で死者1名などの被害が生じました。この地震の余震活動は非常に活発であり、本震の2時間後にM7.3、次の日にはM7.4の余震が発生するなど、M7程度の余震だけでも約2ヶ月間に6回発生しました。この海域では、巨大地震がないかわりに比較的大きめの地震(M7程度)が続発する傾向があるようです。 地震調査研究推進本部のHPより |
| 東京電力福島第一原子力発電所爆発に伴う放射線測定値と測定場所の地図=湯ノ岳平和研究所提供=2011/7/25測定速報 |
15日は朝夜半から雨。いわき市は、屋内待避の呼びかけ午前9時45分。3月16日(水)明け方まで雨。日中晴れ、小雪舞う。 (震災報告から)
21日から22日にかけて雨。雨のため外に出ず。3月23日(水) 晴れ一時小雪舞う。(震災報告から)
| 東京電力福島第一原子力発電所爆発に伴う放射線測定値と測定場所の地図=湯ノ岳平和研究所提供=2011/7/25以降測定速報 |
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東京電力福島第一原子力発電所爆発に伴う放射線測定値と測定場所の地図普及版=湯ノ岳平和研究所提供 |
2011年7月31日挿入
「こちら消防団4−2−4」の広報紙より 2011/7/31挿入
パノラマラインの残雪 2011年3月29日 午後2時50分撮影
| 交通機関は、大混乱に陥ったが今回の大震災で東日本鉄道で、新幹線をはじめ在来線を走っていた車両に乗車していた人、一人の災害者も出さなかったことは、賞賛されるべきです。津波から迅速に避難した人、それを誘導した人々。 |
東京電力と政府の責任で福島県民すべてに、積算放射線線量計を無償で与えるべきです。強く要求します。!
湯ノ岳パノラマライン地割れ
常磐西郷忠田の断層と液状化
1bの断層直撃により藤原町の建徳寺山門倒壊
![]() グラフに表示すると解りやすい。速報値は、その都度、発表してもらいたいものだ。どのようにすれば、市民にその情報が届くのか。必要とする時こそ生の情報が欲しいのだ。3.11以降の情報は、全く解らない。ただテレビで「想定外の事故」、「直ちに健康への影響は無い」、を繰り返すだけ。 |
![]() |
この欄および右欄は、その後追加文・追加地図・リンクしたです。
13日福島第一原発1号機、炉心溶融。午後3時半、1号機爆発建屋破損、放射能拡散か。
3月11日16:361号機と2号機は、非常用炉心冷却装置による注水が不可能
ヨウ素剤の配布18日から湯ノ岳には19日届く。全く使用せず。冷蔵庫に入りぱなし。
いわき市は、「放射線量の報告は、国・県から何もなかった」と述べています。
1100年前の貞観地震では、死不1,000以上、広範に大津波が沿岸部襲う。相馬でも痕跡確認。茨木北部まで。当時の日本の推計人口五百万人。当時の支配者、敵対していた蝦夷の人々も分け隔てなく、救援することを命じている。(三代実録から)
検索は、「WHCC」あるいは「震災 いわき発」でお願いします。
観音堂に梅の花が咲いていました。
3.11東日本大震災が起こる前の前震の一覧表です。赤文字はマグニチュード7以上 ピンクはマグニチュード6以上です
2011年3月11日(金) 7時44分 三陸沖 M4.8
2011年3月11日(金) 1時55分 三陸沖 M5.3
2011年3月10日(木) 20時21分 三陸沖 M5.1
2011年3月10日(木) 18時2分 三陸沖 M5.2
2011年3月10日(木) 17時8分 三陸沖 M5.7
2011年3月10日(木) 8時37分 三陸沖 M5.1
2011年3月10日(木) 6時23分 三陸沖 M6.8 震度4
2011年3月10日(木)
3時45分 三陸沖 M6.1
2011年3月10日(木) 3時16分 三陸沖 M6.2
2011年3月9日(水) 20時28分 三陸沖 M5.2
2011年3月9日(水) 17時2分 三陸沖 M5.2
2011年3月9日(水) 16時56分 三陸沖 M5.0
2011年3月9日(水) 15時25分 三陸沖 M5.1
2011年3月9日(水) 13時46分 三陸沖 M5.1
2011年3月9日(水) 13時37分 三陸沖 M6.1
2011年3月9日(水) 13時32分 三陸沖 M5.1
2011年3月9日(水) 13時6分 三陸沖 M5.5
2011年3月9日(水) 12時19分 三陸沖 M5.3
2011年3月9日(水) 12時8分 三陸沖 M5.9
2011年3月9日(水) 12時2分 三陸沖 M5.2
2011年3月9日(水) 11時58分 三陸沖
M6.0
2011年3月9日(水) 11時45分 三陸沖 M7.3 震度5弱津波観測
2011年2月26日(土) 23時41分 三陸沖 M5.1
2011年2月22日(火) 18時54分 三陸沖 M5.0
2011年2月16日(水) 4時7分 三陸沖 M5.3
2011年2月16日(水) 4時1分 三陸沖 M5.3
2010年12月10日(金) 1時21分 三陸沖 M5.3
2010年8月10日(火) 14時50分 三陸沖 M6.2 震度4
いわき市立豊間中学校の被災と周辺の瓦礫置き場と化し、作業が進む
| 気象庁発表の地震速報の推移 3.11地震発生直後、速報値(暫定値)をM7.9/と発表。その後暫定値を8.3/8.4/8.8と修正・変更し13日M9.0と変更しました。 気象庁の地震予知情報の横田課長は記者会見で「三つの巨大な(震源域の)破壊が、5分あまりの間に連続して発生するという、複雑な起こり方をしている。極めてまれで、気象庁の観測で初めての経験」と述べたと報道していました。 追加参考資料9月11日記 |
| 東電は13日、福島第一原発3号機の冷却機能が失われたとして、原子力災害対策特別措置法に基づく「緊急事態」を国などに通報。13日福島第一原発周辺では毎時500マイクロシーベルトを越え、一時毎時1204マイクロシーベルト上昇、午後2時前には、1557.5マイクロシーベルトを検出、その後低下120`離れた宮城県女川原発の敷地内から21マイクロシーベルトを検出東北電力は、福島から放出された放射性物質の影響とみている。(3月14日福島民友より)追記9月11日 |
小名浜港の波止場に打ち上げられた漁船
最近一週間の地震活動気象庁HP http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/weekly_map/index.html
| 2月22日 ニュージーランド南クライストチャーチでM6.3死者65人震源の深さ5`。 2011年2月22日午後0時51分(日本時間同午前8時51分)ごろ、M6.3の強い地震発生。13分後にM5.6、午後2時50分ごろM5.5の余震。多くの日本人も被災。 2月22日の地震は、昨年9月発生したM7.0の強い地震が発生。その余震との事。9月の地震の際は、建物などには大きな被害が出ましたが、死者は出ませんでした。 2月23日付け「赤旗」より9月11日挿入 |
吉田東伍記念博物館吉田東伍による「貞観地震」に関する論文:明治39年12月発表
新聞、雑誌等には、残りますので、今後の地震・津波・原発など資料になりそうな記事は掲載し、出来る限り頼らないで、いわきとその周辺の現状と被災・復興状況を発信していきたいと考えています。(9月11日記入)
| ◎1872年2月4日「島根県浜田沖地震」の記録 島根県安濃郡久手町出身(幕末に生まれ明治時代に邇摩郡、安濃郡の人々を北海道に移民させた久手町波根西村出身の米田和一(久手小学校一期生)の「縦横無尽録」(北海道大学・北方資料館保存) ◎1026年(万寿3年)6月17日大地震・洪水(津波?)(「縦横無尽録」米田和一著、及び久手町沿革史・年表−久手町史部会 渡辺健巌著より出典) ◎2011年6月4日01時57分に島根県東部の深さ11kmでM5.2の地震(最大震度4)が発生した。この地震の発震機構は北西−南東方向に圧力軸を持つ横ずれ断層型であった。この地震は地殻内で発生した。最大震度1以上を観測する余震が5回発生している。 1923年8月以降の活動を見ると、今回の地震の震央周辺では、1997年6月25日に山口県北部でM6.6の地震(最大震度5強)が、2000年10月6日に「平成12年(2000年)鳥取県西部地震」(M7.3、最大震度6強)が発生している。(この部分は、気象庁発表より)(上記9月25日挿入) ◎「歴春ふくしま文庫L」によると2003年活火山について新しい定義を行なったと書いてあります。それによると、活火山とは『概に過去1万年以内に噴火した火山、及び現在活発な噴気活動のある火山』のこと云う。(火山噴火予知連絡会)従来の定義は、『過去およそ2000年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山』とされてきた。新たに活火山に肘折・沼沢(東北)・ニセコ北海道)・三瓶山(中国地方 島根県)など18の山が加わり108の活火山のことです。(「歴春ふくしま文庫L」出典 追加;7月7日) |
注;グラフは、いわき市発行広報誌より
産業技術総合研究所のHPより

| ◎慶長三陸地震丁度400年前の1611年12月2日「慶長三陸地震」の大地震発生しています。陸奥国地震後大津波あり。」伊達領内にて男女千七百八十三人、牛馬八十五頭溺死す。又、現在の陸中山田町付近・鵜住居村・大槌町・津軽石村等にも被害多し。 |
| 東北東部(三陸海岸) M8.1 死不1,800〜5,000、大津波。会津地方も被害あり |
| ◎元禄地震1703年12月31日元禄大地震発生しています。南関東 M8.0〜8.2 |
| 死不数千〜10,000、江戸等で火災猛威。津波、隆起最大4m、南関東最大の地震。 |
| ◎1677年11月4日 |
| 東北東部(磐城〜房総) M8.0 死不540、津波。津波地震の可能性がある。 |
| ◎東北で地震1793年2月17日 M8.0〜8.4 死不数十〜700(?)津波 |
| ◎安政地震(安政東海地震・安政南海地震)1854年12月23日〜12月24日 |
| 東南海 M8.4〜8.6(8.4×2) |
| (安政東海地震・安政南海地震)死不数千〜10,000(30,000?)広域被害、大津波(最大16m)東海地震から32時間後に南海地震発生。 |
| ◎白鳳南海地震684年11月29日 南海(土佐) M8.2 |
| 広域被害、津波。世界で最も古い巨大地震記録の1つ。 |
| ◎貞観三陸地震869年7月13日範囲は、3.11東日本大震災と同じ規模? |
| 東北東部(三陸海岸) M8.3〜8.6(?) |
| 死不1,000以上、広範に大津波か。 |
| ◎仁和地震(五畿七道地震)887年8月26日 |
| 東南海(?) M8.0〜8.5 |
| 死多数、大津波、広域被害。東海・南海連動型の地震と言われているが、震源に異説(中央構造線説)あり。 |
過去の日本におけるM7.5以上の地震(巨大地震のHP及び[古代・中世] 地震・噴火史料データベース (β版)「古代中世地震史料研究会」・首藤伸夫氏の「三陸地方の津波の歴史」などから)及び津波の被害の発生した国外の地震
| ◎1856.08.23 青森県沖 7.5〜8.0 |
| 1968年十勝沖地震に似た地震。死者29、津波襲来。 |
| ◎チリ北部沖地震1877.05.10 チリ北部沖 M8.3〜8.5(9.0?) |
| 死多数、大津波、日本に2m以上の遠地津波。1868年地震のすぐ南で発生か。 |
| ◎濃尾地震1891.10.28 岐阜 8.0 |
| 死不7,300、全半壊20万超、大断層。 |
| ◎1894.03.22日本・北海道(根室沖) M8.2〜8.3(?)津波。 |
| ◎1896.06.15 |
| ◎東北東部(三陸海岸) M7.2〜8.2(Mt8.5) |
| 明治三陸地震津波死不22,000、大津波(最大38m)地震動軽微(いわゆる津波地震) 日本近海の津波災害としては史上最大。 |
| ◎関東地震/関東大震災1923.09.01 |
| 南関東 7.9 |
| 死不99,000〜142,000(20万以上?)、全半壊20万超、全半焼20〜40万戸。東京市街ほぼ焼失、被害額当時の国家予算の3倍。横浜・小田原でも甚大、大津波(最大12m)日本史上最悪の災害の1つ。 |
| ◎昭和三陸地震1933.03.03東北東部(三陸海岸) M8.1〜8.5(Mw8.4) |
| (津波)死不3,100、大津波(最大29m) |
| ◎東南海地震1944.12.07 日本・東南海 M7.9〜8.1 |
| 死不1,200以上、大津波(10m)戦時の報道規制のため、戦後しばらく詳細不明。 |
| ◎南海地震(昭和南海地震)1946.12.21日本・南海(四国) M8.0〜8.2 |
| 死不1,300〜1,400、津波。 |
| ◎十勝沖地震1952.03.04 北海道 M8.1〜8.3 死不30余、津波。 |
| ◎エトロフ島沖地震1958.11.07 |
| 日本・千島(択捉) M8.1〜8.3 津波、日本本土有感。 |
| ◎チリ地震1960.05.22 チリ南部 M9.5 |
| 死不2,200〜5,700(1万?)、広域地殻変動、大津波(最大24m)、世界史上最大の超巨大地震。津波は太平洋を伝播し、ハワイで死60。日本にも大規模遠地津波(6m)、死不140以上。震源域1,000×200kmにも及んだ。 |
| ◎1968年十勝沖地震1968.05.16 |
| 東北沖 7.9〜8.2 死不50余、津波。 |
| ◎釧路沖地震1993.01.15 |
| 北海道 M7.5〜7.8 死不2、傷1,000、地滑り、深発地震。 |
| ◎北海道南西沖地震1993.07.12 |
| 日本・北海道 M7.7〜7.8 |
| 死不230、大津波(最高32m)、傷多数。沿海州(ロシア・朝鮮半島)でも津波被害。 |
| ◎1994年北海道東方沖地震1994.10.04 |
| 千島(国後) 8.2〜8.3 死不15(国後など)、大津波。 |
| ◎三陸はるか沖地震1994.12.28 |
| 東北沖 M7.6〜7.7 死不3、青森・道南で被害、小津波。 |
| ◎南西諸島はるか沖地震(八重山諸島)1998.05.04 M7.4〜7.6(7.5) |
| ◎2003年十勝沖地震2003.09.26 |
| 北海道 M8.0〜8.1(8.3?) 不明3、傷多数、津波、石油タンク炎上。 |
| ◎東北地方太平洋沖地震(通称“東日本大震災”)2011.03.11 |
| 日本列島東部 M9.0 |
| 死不15,000〜20,000超、10m超の大津波猛威、火災も多発。日本海溝の広範の岩盤が破断したとされる。日本の観測史上最大の巨大地震。津波はアメリカやペルー・チリなど環太平洋で広く観測された。仙台平野一帯が0.7m沈降し、津波と相まって冠水した。現時点における、戦後日本最悪の災厄と言える。福島原発で緊急停止後に冷却機能マヒによって、部分的な炉心溶融が発生したと見られており、放射性物質放出の恐れから周囲に避難指示が出された。人類が初めて経験した地震・津波による原子炉の炉心溶融 |
この取材で、見ず知らずの被災者にお世話になりありがとうございました。また、知り合いになり、これからも大切にしたいと思います。
平塚博物館のHP−伊勢原断層について−元慶2年(878)の相模・武蔵地震=当分は動かない安全な活断層?
| ◎正平南海地震1361年8月3日 南海(土佐)8.2〜8.5 |
| (東海連動型の疑いも)死多数(数万?)、大津波。 |
| ◎明応東海地 日本・東南海1498年9月20日 8.2〜8.4(8.6?) |
| 死不16,000〜40,000、大津波。浜名湖が海とつながる。 |
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宮城北部 震度5弱 M7.3岩手・大船渡港で津波60a 3月9日午前11時45分ごろ、東北地方で強い地震があり、宮城県北部で震度5弱のゆれを観測しました。気象庁によると、震源地は三陸沖で、震源の深さは約8`、地震の規模(マグニチュード=M)は7.3と推定されます。同庁はは東北地方の太平洋側に津波注意報を発令。午後0時16分岩手県・大船渡港で60aの津波を観測。注意報は発令から約3時間後に解除されました。 午前11時57分ごろと午後1時37分ごろ余震と見られる地震があり、それぞれ宮城県などで震度3を観測。気象庁は、最大1週間は震度4程度の余震が続くとして注意を呼びかけました。 津波はこのほか、午後0時25分に宮城県石巻市の鮎川で、同1時13分に岩手県久慈港でそれぞれ50aを観測しました。 気象庁によると、今回の地震は西北西−東南東方向に圧力がかかった逆断層型で、陸側のプレート(岩板)と太平洋プレートの境界で起きました。 「赤旗」3月10日付けより抜粋この記事は、3.11東日本大震災の前震と、とらえることが出来ますので参考に記載いたしました。3.11の大震災が発生するまでは、研究者や学者の中には、この地震が本震であると考えていた人もいました。草木庵主 |
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参考;地震発生確率について
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| ◎宝永地震1707.10.28 日本・東南海 8.4〜8.7 日本史上最大の巨大地震の1つ。 |
| 死不4,900〜25,000、損壊80,000超、大津波(15m以上)、広域烈震。 |
| ◎慶長地震1605.02.03日本・東南海7.9〜8.1(8.2?) |
| 死不2,500〜5,000、津波。複数の震源(相模湾でも地震?) |
| ◎鎌倉地震1293.05.20日本・南関東7.0〜7.5(8?)死不数千〜23,000(3万?)、火災。 |
| ◎康和南海地震1099.02.22日本・南海(土佐)8.0〜8.3 広域被害、津波。 |
| ◎永長東海地震1096.12.17日本・東海M8.0〜8.5広域被害、津波。 |
| ◎約1500年前日本・西部南岸(9?) |
| 地殻隆起の痕跡から推測、 東海・南海・九州沖で連動巨大地震か?1707年宝永地震を凌ぐ規模の可能性。 |
| 地震調査研究推進本部 | |||
| 2011年4月11日福島県浜通りの地震に関する情報 | ||||
| 気象庁 | ||||
| 「平成23年(2011年)東北日本太平洋沖地震について(第35報)<全文pdf> | ||||
| 防災科学技術研究所 | ||||
| 東北地方太平洋沖地震以降の茨城県北部・福島県東部の地震活動 | ||||
| 国土地理院 | ||||
| 平成23年(2011年)3月15日22時31分頃の地震に伴う地殻変動について | ||||
| 東京大学地震研究所 | ||||
| 2011年4月11日の福島県浜通りの地震に伴う地表地震断層について | ||||
| 独立行政法人土木研究所 | ||||
| 4月11日の余震でいわき市に出現した地表地震断層(速報) | ||||
| 日本活断層学会 | ||||
| 2011年4月11日17時16分に発生した福島県浜通りの地震(M7.0)に関する情報 | |||
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株式会社クレアリアより