いわき市内各地の道路で陥没や隆起が起こっていました。また、液状化も起こっていました。ブロック塀も崩壊していました。 下の写真は、湯本八仙団地の路面の陥没・地割れの写真です。湯本の時計屋さん、ショーウインドウ。森田屋の尺八のみせも被害  翌3月12日撮影

 総放出量は、広島原爆の165倍の放射性物質(死の灰)を放出。

 原子力安全・保安院「直ちに影響はないと−落ち着いて避難してほしい」とひっきりなし。その後の、避難者が混乱した原因の一つ。必要な時に情報開示をせず。「スピーディー」全く役立たず。人々は、危険な方向に逃げた。情報が無いのは、あたかも闇夜の中を明かりのない所をさまよう。

 2011/3/11午後3時36分、非常用炉心冷却装置による注水が不可能。炉心溶融。3月12日15時36分1号機爆発建屋破損、放射能拡散。地震発生後1日と50分後。レベル7。この部分追加2012/1/9

震災報告その1=3月12日〜3月29日は、このページです。

福島県いわき市周辺は、M3以上1923年8月以降まったく地震がありませんでした。

TVの写真は、翌12日挿入しました。

東京電力福島第一原発1号機

2011.3.12NHKニュースより福島・相馬 大津波よる浸水

2011/03/12(土)  晴れ時々曇り。福島第一原発一号機、炉心溶融。午後3時半、一号機爆発建屋破損、放射能拡散か薪取り。マルトやD2、小名浜のマツモトキヨシに行くが店の後片付けで閉店や、買い物客で長い行列。地割れ多し。水を求める人々。タライを持っている人もいた。自転車でポリタンクに水を入れ、渡辺藤一さんの所に持っていく。家内は、荷物まとめいつでも避難できるようにした。恐怖でいっぱいのようだ。無論、自分自身もだが、慌てて、何処に行けばいいのか充てもない。「自主避難」ほど心細いものは無い。家内と口喧嘩となる。「自主避難」すればなんの保証もない。自分勝手に避難したのだから。避難するガソリンも、資金も、行く所も、無いのに。流浪(浮き草)だけは、ごめんです。(日記から一部挿入



11/03/15(火)晴れのち曇り夜雨。午前6時14分、東京電力福島第一原発二号機で爆発音。午前9時38分、第一原発四号機で火災発生。確定申告の提出期限だが、震災で延期可能になった。蒔き切り。炭作り。渡辺千恵子さんたち水汲みに来る。夜、10時半ごろ、静岡県東部・富士山で震度6強の地震発生とのこと。(日記から挿入)

11/03/14(月) 晴れ。午前11時1分、東京電力福島第一原発三号機水素爆発。回覧二回来る。小枝集め。炭作り。渡辺正道さん水汲みにくる。自転車でマルトにいくが品物、ほとんど無い。「震災報告」のはがき出す。郵便局の職員いわく、「何時配達できるかわかりません」との事。(日記から挿入)

11/03/13(日) 晴れ。東電は、三号機の冷却機能が失われたとして、「緊急事態」を国に通報。枝野官房は、「メルトダウンの状況ではない」言った。しかし11時1分爆発気象庁震災規模M9.0に修正。当初、M「7.9」「8.3」「8.4」「8.8」と随時訂正行事中止。水持っていく。渡辺正道さん水汲みにくる。渡辺藤一(元市会議員)さんたちも水汲みにくる。小枝集め。炭作り。風呂入る。(日記から挿入) 3月13日現在、ネツトカフェが被害をうけ、アップできません。気象庁午後6時津波注意報全て解除。


3月16日(水)明け方まで雨。日中晴れ、小雪舞う。 ガソリンスタンドもショッピングセンターも売り切れ、我が家は、マキストーブで消し炭を作り、コンロに炭を入れ、暖をを取っています。



3月17日(木) 晴れ。底冷えの日だった。小枝集め。蒔き切り。炭作り。みんなガソリンが無くなったのか?水汲みに来ない。(日記から挿入)双葉病院の重傷高齢者避難先で14名死亡。


3月18日(金) 晴れ。今日、地震から7日目。東京電力は、今まで、その公表を隠したり、偽造もしてきた。時の政府も言いなりになってきた。 地震というのを、マグニチュード8だからというお決まり文句でいうのは、もう当てはまらない。
今回の原子炉は、プルサーマルを稼動しており、さらに日本で一番古い原子炉であること、すでに警告を発しつづけてきた。しかし、昨年プルサーマルを稼動し福島県も、国も推進してきたことは、非常に重いことである。


3月20日(日) 晴れ。自転車で町まで〜水道から水、いまだ出ず。給水車を待つ人多し。湯本の温泉営業中止の張り紙〜帰路中道端の土筆、蕗のトウ、ヤブカンゾウを採集、夜、味噌和えで食す。昭子、原発におびえる。蒔き切り。炭作り。公園に木を取りに行く。 

3月19日(土) 晴れ。今日、いわき市から自治会を通じて、福島原発の事故に伴う「安定ヨウ素剤」が配布されました。 午後6時58分頃、震度5+の地震がありました。 報道によると、郡山市長原正夫氏は、「今の福島原発は廃炉にすべきだ。」と述べ、国に提言したと報じました。 

3月20日の常磐/湯本の震災の状況

御斉所街道脇の湯本の、のり面の崩落発見

ブロック塀の破損、危険個所

田圃をつぶして造成中の土地の液状化の痕

震災報告その2/3月30日小名浜・小名浜港へ
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いたる所に屋根がわらの崩落あり

白鳥デーケアーの敷地陥没

ショッピングセンター 「マルト」は、近くの釜の前店は閉店中、下湯長谷店の状況です。陳列棚とレジ付近、午後0時58分ごろの店内、この三十分後、品不足で閉店になりました。このお店は、明日は閉店とのこと。

交通事故ではありません。対向車もありません。やっと開いていた陸前浜街道沿いのガソリンスタンド、給油待ちの車の列約1.5キロ、反対車線も給油待ち―給油制限中

レジ付近の様子 買い物をしていた人の素朴さ、「大津波に流された人のことを思えば、幸せと思うよ」と話してくれた。八十歳くらいのおばあさんは、リュックを背負い買出しにきていた。

原発事故が拍車をかける水・灯油・ガソリン・食品の不足!

3月21日(月) 雨。 雨のため外に出ず。マスコミは、何故かいわきの震災被害の様子をあまり伝えていない。ここいわきに住むものでも、久ノ浜、四ツ倉、塩屋崎、豊間、江名、中之作、永崎、小名浜、小浜、錦、勿来、など約40キロの海岸線を有しているが、被災の様子が、分りません。  


3月22日(火) 雨 小雨。風評被害は、すでに、茨城の原研での放射能被爆事件のときも起きていた。あの事故から数年経っていても放射能の問題が、残っていた記憶があります。 


3月23日(水) 晴れ一時小雪舞う。 今朝、夕と震度5+の余震が二度ありびっくり、11日の本震より大きく感じ、本震の時は落ちなかった品物が、今回は落ちてしまい破損もありました。直後からヘリか空を舞い、ニュースで御斉所街道沿いの上遠野の道路に落石を報じました。今日、3日ぶりに、町まで自転車で出かけました。20日に比べれば、幾分車の走る量が多くなった気がします。

朝、7.12M6.0/7.21M4.1/7.36M5.5/7.53M4.9/8.03M4.3実際は五回あったと国土地理院および気象庁は発表しています。夕、午後6時55分M4.7いずれもいわき市が震源です。太文字は、5月31日追加挿入です。

 放射能汚染について、政府は、一年間に浴びる量の10分の一だとか、すぐに影響は、出ないから安心してくれとばかりいいう。安全と安心を標語してきた原子力発電会社と日本国政府は、被災者にその責任をとらなければならない。原子力事業は、すべからく100%でなければならない。想定外の地震と大津波でやむ終えなかったでは、済まされない。
 すでに、地震と大津波で被災した町は、再建への道を歩みはじめている。しかし、原発でゴーストタウンになった町を、どのように、再建できるか? 避難した人々が本当に帰れるのか。そこで再度生活・生産活動ができるのか。今後、大きな課題を残した天災と人災の複合被災者への支援を! 
 日本人は、三度の被爆体験(広島・長崎・ビキニ)と、今回の目に見えぬ放射線という殺戮に脅かされている。恐怖から、精神的にも傷ついている人もいる。 余震が今も起こった2011年3月23日 午後 11:25:26                     


3月24日(木) 晴れ一時曇り。寒くなってきました。 今日も余震が続く。今日郵便物が被災後初めて届く。外界からの便りはいいものだ。しかも田舎の兄からと、東京・東村山の義姉からのたよりだった。兄からの消印は3月20日石見大田局、義姉からは3月18日の消印だった。いまだ、14日に出したはがき届いていません。
 報道によると、東電福島原発で、下請け会社の作業員三名が被爆したとのこと、最悪である。 
 ここ湯ノ岳は、地盤が違うのか、11日の地震の際には、物的被害は無く、限界集落に住む人々には、表向き、そう大きな被害がなかった。しかし、わずか10名にも満たないところは、何の手当てもない。さらに、取り残されるであろう。これから、山菜の季節だが、わらび、こごみ、などなど食べれるであろうか。        

いわき四季の森公園の通り、湯本、荒川線の路面の亀裂

湯本温泉の「湯本温泉神社の大鳥居が倒れました。



3月25日(金) 晴れのちみぞれ。2月ごろの気温でした。今日、3月25日巨大地震から二週間目、未だ回復の目処どころか、東京電力福島原発の状況は、悪化するばかりです。道路の亀裂は、いたるところにあります。ガソリンスタンドは、長い車の行列。一時の待つ時間は、いくらか短縮したものの、営業しているスタンドが少なくいのが現状です。「お客さんの為、新潟まで仕入れに行った」と、藤原町別所のお店モンペリの店主は、話してくれました。

3月26日(土) 晴れ。24日に発生した下請け(東電では、協力会社といっている)労働者の被爆から、三日たった今日、東京電力は、またもや情報隠しとも取れる会見を行った。情報が遅い!

原発避難民は、流転を余儀なくされて、どこへ行くのか不安である。

相変わらず、ガソリンスタンドは、「品切れ」の表示で開いていない。町には、車の走行している数が増えてきました。

今朝の8時20分からのNHKふか読みでいわきの人の声として、いわきのことを忘れているのではとの切実な声を紹介していました。福島で一番多い人口のいわき市は、見捨てられているような気がします。被害妄想でしょうか?


3月27日(日) 晴れ一時小雪。

福島県でも死亡

 ニュースによれば、福島県棚倉町でガソリン給油のため、並んでいた車の中で、一酸化炭素中毒で、死者で出たとのこと。寒さを防ぐため、練炭を車の中に入れ、暖をとっていたらしい。ガソリンの消耗を防ぐため、エンジンを切って練炭で暖をとっていたようです。震災の犠牲者である。

 この件で、NHK(東京)は、ガソリン不足の原因は、緊急車両のみのスタンドや、交通事情により給油が不足しているとのコメントしていたが、いわきを含め福島の場合はその指摘は違います。原発による放射能汚染を警戒して、県内に入るのを拒んでいるのが現状です。NHKも現状認識を!正確な報道とコメントを!NHKは、原発を恐れて、いわきに取材にはいっていないのかなぁ〜?

 今日、震災後初めて宅配便の配達がありました。曰く、「ガソリンがある限り届けます。」との事。22日集配の品物が、27日届きました。


3月28日(月) 晴れ。日が出ていると暖かいが、木陰は、肌寒い日が続いています。今朝、震災地域情報で、「近くのガソリンスタンドが開くよ」と大家さんが教えてくれ、早速車を走らせ、行ったら、すでに給油待ちの車の隊列と同時に品切れの表示を持った案内人が、「今日、明日入るかどうか判りませんので」と、別のスタンドに向かう。すでに警告ランプがつきっぱなし。でそんなに長く走れない。給油所見つける。並んでいる。湯本まで行くと、給油待ちの列の最後尾つく。数分もしないうちに、私の後にも続く。少し進んでは、止まると、エンジンを切る。ガソリン節約のため。スタンドに着いたら、メンバー会員以外は、1000円までということ6gぐらいしか入らない。震災前の値段より30円以上高くなっている。もう一度並ぶ。やっと入れることができた。

 知人宅にパソコン借りにいくが、更新できず。ブロックされているか解らない。万が一にもネットカフェが営業していることを念じつつ車を走らせる。幸運にも一軒開いていました。震災後、初めて更新し、知人たちからのメールも開くことができました。また数日後、更新いたします。


3月29日(火)晴れ時々曇り。ごみだし。小枝集め。炭作り。湯ノ山頂付近のパノラマラインを撮影しました。

 提言する
空家、空き室の国と東京電力により補助、買い上げ等により被災者の生活を保証せよ

 何度となく、日本共産党の要請で、「びらまき」で各地を何度となく行ってきました。沢山の空き室や、空家のあることに、驚いていました。今こそ、国の責任で、実態を直ちに調べ、被災難民・原発難民を、助けるべきではないでしょうか。
 原発による被災者は、三重苦に苦しめられいます。その週辺の業者は、多難で深刻な問題に直面しています。農業は、見通しすら立ちません。今の時期、田畑を耕作し、種をまく時期ですが、これを作っても売れる保証は、まったくありません。漁業に携わる人々は、「自主操業控え」という事態に直面しています。

 プルトニュームが検出されたこと報道が遅い。すべからく遅い!下記の資料は、
しんぶん「赤旗」3月28日付より

“安全神話”と決別し全国の原発総点検を

北海道「泊原発」/青森「大間原発」計画中/青森「東通原発」/宮城「女川原発」

福島「浪江・小高原発」計画中/福島「福島第一原発」/福島「福島第二原発」/茨城「東海第二原発」

静岡「浜岡原発」/新潟「柏崎刈羽原発」/石川「志賀原発」

福井「敦賀原発」/福井「ふげん」閉鎖/福井「もんじゅ」/福井「美浜原発」/福井「大飯原発」/福井「高浜原発」

島根「島根原発」/山口「上関原発」計画中/愛媛「伊方原発」

佐賀「玄海原発」/鹿児島「川内原発」

稼動54基 計画14基

 湯ノ岳パノラマライン(県道)は見るも無残な状態です。特に湯ノ嶽観音堂の先の中央車線から左側が20cmあまりの段差ができていました。

観音堂に梅の花が咲いていました。

観音堂は無事でした。

原発の風評被害で、福島の老舗旅館が廃業したとの報道、福島イコール原発イコール放射能というイメージが、平和にすごしていた人々を、どん底に追いやった原発政策、君たちの責任は?若女将の佐藤亮子さん(26才)の無念さ、人事ではない。60K以上離れたところです。まさか原発と言う大津波が阿武隈山系を越えてこようとは。

2011年3月11日の
地震情報

全国の地震情報3月11日気象庁発表
(太文字は福島県を震源とする地震です。)


23時54分 茨城県沖 最大震度3

23時52分 神奈川県西部 最大震度2

23時44分 茨城県沖 最大震度4

23時29分 宮城県沖 最大震度2

23時27分 茨城県沖 最大震度2

23時10分 福島県沖 最大震度3

23時0分 茨城県沖 最大震度4

22時56分 福島県沖 最大震度3

22時47分 福島県沖 最大震度3

22時33分 福島県沖 最大震度4

22時29分 福島県沖 最大震度3

22時17分 茨城県沖 最大震度3

22時14分 新島・神津島近海 最大震度2

22時9分 長野県中部 最大震度2

22時8分 岩手県沖 最大震度2

21時55分 宮城県沖 最大震度3

21時49分 茨城県沖 最大震度2

21時38分 福島県沖 最大震度2

21時33分 三陸沖 最大震度3

21時21分 福島県沖 最大震度4

21時16分 岩手県沖 最大震度4

21時13分 宮城県沖 最大震度4

20時58分 岩手県沖 最大震度4

20時51分 茨城県沖 最大震度2

20時46分 茨城県沖 最大震度3

20時39分 宮城県沖 最大震度4

20時37分 岩手県沖 最大震度5弱

20時31分 宮城県南部 最大震度4

20時26分 茨城県沖 最大震度2

20時21分 茨城県沖 最大震度4

20時17分 福島県沖 最大震度3

20時13分 茨城県沖 最大震度2

20時10分 栃木県北部 最大震度3

20時7分 茨城県沖 最大震度3

20時1分 福島県沖 最大震度4

19時46分 茨城県沖 最大震度3

19時39分 宮城県沖 最大震度2

19時38分 長野県中部 最大震度2

19時35分 福島県沖 最大震度4

19時25分 茨城県沖 最大震度2

19時21分 福島県沖 最大震度3

19時17分 福井県嶺北 最大震度2

19時13分 宮城県沖 最大震度3

19時11分 岩手県内陸南部 最大震度4

19時9分 石川県加賀地方 最大震度3

18時59分 福島県沖 最大震度2

18時57分 茨城県沖 最大震度3

18時55分 茨城県沖 最大震度3

18時52分 福島県沖 最大震度3

18時47分 三陸沖 最大震度2

18時42分 三陸沖 最大震度3

18時37分 茨城県沖 最大震度2

18時34分 福島県沖 最大震度3

18時27分 宮城県沖 最大震度3

18時19分 茨城県沖 最大震度3

18時15分 福島県沖 最大震度3

18時4分 茨城県沖 最大震度3

17時58分 栃木県北部 最大震度3

17時54分 福島県沖 最大震度3

17時47分 福島県沖 最大震度3

17時41分 福島県沖 最大震度5強

17時35分 茨城県沖 最大震度3

17時31分 福島県沖 最大震度4

17時19分 茨城県沖 最大震度4

17時12分 茨城県沖 最大震度4

17時5分 福島県沖 最大震度3

16時54分 福島県沖 最大震度3

16時38分 岩手県沖 最大震度4

16時29分 三陸沖 最大震度5強

16時15分 福島県沖 最大震度4

16時4分 岩手県沖 最大震度4

15時57分 茨城県沖 最大震度4

15時49分 岩手県沖 最大震度3

15時46分 宮城県沖 最大震度4

15時41分 岩手県沖 最大震度4

15時26分 三陸沖 最大震度4

15時15分 茨城県沖 最大震度6弱

15時6分 三陸沖 最大震度5弱

14時46分 三陸沖 最大震度7 M9.0

7時44分 三陸沖 最大震度1

6時50分 三陸沖 最大震度1

6時41分 茨城県南部 最大震度1

3時14分 宮城県北部 最大震度3

1時55分 三陸沖 最大震度2
2011年3月19日18時56分に茨城県北部の深さ5kmでM6.1の地震(最大震度5強)が発生した。この地震の発震機構(CMT解)は北東−南西方向に張力軸を持つ正断層型で、地殻内で発生した地震である(この地震による被害は不明)。
また、2011年3月23日07時12分に福島県浜通りの深さ8kmでM6.0の地震(最大震度5強)が発生した。この地震の発震機構(CMT解)は東西方向に張力軸を持つ正断層型で、地殻内で発生した地震である(この地震による被害は不明)。
余震は徐々に少なくなってきている。
1923年8月以降の活動を見ると、今回の地震の震源付近(領域d)では、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生する前までの間、M5.0以上の地震はほとんど観測されていない。 (気象庁HPから)
震災報告−地震・津波・断層・原子力関連の資料集
12日3時59分ごろ 震度6強 M6.2 長野・新潟
12日4時46分ごろ 秋田 M6.4
2011年3月12日22:15: 0.0 37゜ 6.0'N 141゜24.0'E  40km M:6.0 福島県沖 最大震度:5弱

3月12日地震発生回数全国135回、福島を震源とする回数29回

2011年3月13日08:25: 0.0 37゜54.0'N 142゜ 0.0'E  10km M:6.2 宮城県沖 最大震度:5弱

3月13日地震発生回数全国59回、福島を震源とする回数回

2011年3月14日10:02: 0.0 36゜30.0'N 141゜ 6.0'E  10km M:6.2 茨城県沖 最大震度:5弱

3月14日地震発生回数全国50回、福島を震源とする8回数回

3月15日 午後10時31分ごろ 静岡県東部の地震M6.42011年3月15日22:31: 0.0 35゜18.0'N 138゜42.0'E  10km M:6.0 静岡県東部 最大震度:6強

3月15日地震発生回数全国46回、福島を震源とする回数回

3月16日地震発生回数全国49回、福島を震源とする回数回

3月19日茨城県北部の地震

3月19日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回


3月20日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月18日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月17日の福島県内での地震速報値(午後9時現在)震度1以上は9回。震度1以上の3.11以降福島県では231回、震度4以上は26回になっている。

3月21日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月22日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3/23,4/11,4/12の福島県浜通りの地震の関連情報

3月23日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月14日出した「お知らせ」ハガキが届いていないようなので、3月23日「災害用郵便」で3.11震災報告のハガキを投函=私としては、ただ「無事です。心配しないでください。」とのお知らせの気持ちでしたが。
自転車で湯本、鹿島まで行く。ネットカフェいまだ閉店。帰りの途中下浅貝の商店に入る。商品少ない。白菜買うが、店の方は、震災前に仕入れたもので、放射能はまったく心配要らないからとのこと。何回も言う。矢津団地で地すべりによる家屋の崩壊ありとのこと。(3月24日の日記から)

3月24日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月25日地震発生回数全国回、福島を震源とする回数回

3月27日の全国での地震速報値(午後4時現在)震度1以上は52回
午前5時36分 いわき市三和で震度4を観測
26日震度1以上72回

3月28日の全国での地震速報値震度1以上は69回

3月29日の全国での地震速報値(午後8時現在)震度1以上は20回

午後7時54分最大震度4を郡山市湖南町、田村市大越町で観測

3月29日の全国での地震は、震度1以上を47回を観測