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11ヶ月経って判る
1㍍の断層直撃により藤原町の建徳寺山門倒壊4月29日撮影
3.11地震と津波で洗い流された豊間の町とこの前日まで奏でていたであろうピアノ4月2日撮影
震災前の3月7日の大雪
小名浜港の波止場に打ち上げられた漁船3月30日撮影
3.11地震・津波が浜通り海岸部襲う。被災した人が再会し、喜び合う人々。薄磯海岸にて2011年4月2日撮影
3.11震災9日目のお店「マルト」店内の様子
この先東京電力福島第一原発から20K以内広野町国道6号線信号機も消え、パトカーのみ、ここから進入禁止2011/4/6撮影
3.11地震ガソリンの給油を待つ車の長い列2011/3/20撮影
2011年7月15日現在4166枚の写真を写す。広野町、いわき市、茨城県大津港の沿岸部約50㌔(2011年3月11日から7月15日まで)及び山間部の湯ノ岳断層・藤原断層・烏舘断層・田場坂断層、白坂断層、釜前向斜など多くの断層が3.23/4.11の地震で動きました。塩ノ平断層も写真に収め、その一部を掲載しています。 注;一部の写真をクイックしますと、そのページへジャンプします。 お詫び;一人での取材・編集ですので多面的にとらえ、報告出来ないことが残念です。【写真は2011年12月末で5500点以上、うち、山間部断層の写真は、この一年間で1327点。7月25日から測定を始めた放射線線量地点も、359以上の地点になりました。】その一部の写真を掲載しています。また、ご提供頂いた写真も使用しています。【ご提供写真は、2012年3月11日現在600点以上になります。】
新聞、雑誌等には、残りますので、今後の地震・津波・原発など資料になりそうな記事は掲載し、出来る限り頼らないで、いわきとその周辺の現状と被災・復興状況を発信していきたいと考えています。(9月11日記入)
2011年3月11日午後2時46分発生しました、 巨大地震「東北地方・太平洋沖地震」の状況を、お知らせします。
3.11津波で真っ二つ引き裂かれた消防車4月2日撮影
4.11地震で湯ノ岳断層動く13万年ぶりに2011/4/27 撮影 経済産業省原子力安全・保安院「動かない」と言った断層は動いた。6月6日渋々認める。
湯ノ岳断層(藤原)は、参道を駆け抜けていました。マスコミ報道は皆無です。
4.11地震で、建徳寺=お寺の山門も瓦解し参道も崩壊。
4.11地震によりできた断層2メートル井戸沢断層(塩ノ平断層)2011/5/5撮影
網木断層
4.11地震湯ノ岳断層(藤原断層)は、ハワイアンズを直撃し、隣のゴルフ場を引き裂く。5月2日撮影
4.11地震白坂断層2011/4/24撮影
豊間・薄磯海岸の津波被害4月1日~2日撮影
3月24日撮影湯本温泉神社の鳥居壊れる
湯ノ岳パノラマライン地割れ3月29日撮影
4.11地震湯ノ岳断層(藤原断層)は、ハワイアンズを直撃し、隣のゴルフ場を引き裂く。5月2日撮影
湯ノ岳パノラマライン地割れ3月29日撮影
警報を自宅で聞き、その直後、太平洋の方からゴーという唸りにも似た音とともに、二~三分、すごい揺れが襲ってきました。幸いにも、私の住んでいる所(海抜210㍍)、湯ノ岳は、被害は無く、ご安心ください。
すでに、テレビ、ラジオ等でご承知と思いますが少し、状況をお知らせします。被害甚大の模様。日本沈没とも思えるこの事態、明日以降解るでしょう。
当時、薪ストーブで炭つくりをしながら、災害用携帯ライト付白黒テレビで国会討論を聞いてしました。警報速報が発表され、その直後、大きなゆれが襲いました。
若干、不安定に置いていたものと、人形数個倒れただけでした。家具の倒れも無く、破損もありませんでした。湯ノ岳のパノラマラインは、通行止めです。
湯本の町では、瓦が落ちたり、ショーウインドウのガラスが割れたりしていました。ほとんどのお店は、商品の落下、それに伴う清掃等で休業になっていました。水が出ず、飲食店も閉店です。
海岸近辺の小名浜や勿来など「大津波」で相当被害が出ている模様です。また地盤の隆起などにより、被害が出ているとことです。
テレビの報道によると、近くにある、東京電力福島原発で重大な事が起こっている模様です。「想定外」という言葉は、聞きたくない!。日本国政府も、東京電力も「安全だから安心して」とばかり言い、それを信じた人、「安全神話」が崩壊した。
今も余震が起こっています。
2011年3月11日 夜10時 草木庵 渡辺音芳
この被災取材・放射能測定で、今まで見ず知らずの被災者にお世話になりありがとうございました。また、知り合いになった皆さまとも、これからも大切にしたいと思います。 2011年3月11日金曜日、その日は、多くの学校では、卒業式が行われ、旅立ちに希望に満ちあふれていました。 |
東京電力福島第一原子力発電所爆発に伴う放射線測定値と測定場所の地図=湯ノ岳平和研究所提供=2011/7/25以降測定速報 参考;日本の平均的な被爆線量は、0.04~0.06μSv/hと言われています。 |
いわき発2011.3.11/4.11地震・津波・火災・原発・断層・液状化による被害の実態の報告です。
東京電力第一原発を襲った最大津波21㍍を超えた!
目や耳など五感からの恐怖・見えない恐怖
1㍍の断層直撃により藤原町の建徳寺山門倒壊4月29日撮影
いわき市永崎海岸・津波による被害3月30日撮影
豊間中学校の瓦礫4月18日撮影
各地の津波 11日、観測された最大波3㍍以上の津波 【7.3㍍以上】福島県・相馬(午後3時50分) 【4.2㍍】 茨城県・大洗(午後4時52分) 【4.1㍍以上】岩手県・釜石(午後3時21分) 【4㍍以上】 岩手県・宮古(午後3時21分) 【3.5㍍】北海道・えりも町庶野(午後3時44分) 【3.3㍍以上】宮城県・石巻市鮎川(午後3時20分) 【3.2㍍以上】岩手県・大船渡市(午後3時15分) 但し、観測地点です。これ以上の津波が到達しています。 【4㍍ 第一波】】福島第一原発(午後3時27分) 【次の大きな津波】福島第一原発(午後3時35分)潮位計破壊のため計測不能、潮位計の限界は、7.5㍍第一原発の海抜は、10㍍であり、冠水した。津波の高さは、13㍍と推測される。〔この部分は、雑誌「季論21」2011秋号 特集3・11からの日々=福島原発事故の原因と放射線被ばくを考える=林弘文氏から引用〕。 その後の調査で21㍍以上の巨大津波襲来交叉津波 |
最近一週間の地震活動気象庁HP http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/weekly_map/index.html
「安全で安い電力」と言ってきた東京電力と政府の責任で福島県民すべてに、積算放射線線量計を無償で与えるべきです。強く要求します。!また、食品の放射線量の測定を要望する、全ての飲食物の測定を無償で行える態勢を!
3.11震災時につけていた災害用白黒テレビです。アナログです。2011年7月31日挿入 |
いわきの津波到達時刻「東日本報道写真集」関係=いわき民報社、福島民報社発行から作成 * いわき市四つ倉15:28 * いわき市波立(はったつ)15:26 * いわき市小名浜15:26 * いわき市小浜渚15:46=(情報誌りんどう) * いわき市中之作漁港16.02=(情報誌りんどう)四波か? 記録写真から、ただし第一波、二波、三波の判別は、難しい いわきでは、13波まで来たと地元の人は、言っています。翌日にも津波は襲来しています。 |
正確には、気象庁のHPをご覧ください。
6月4日 島根県東部の地震 M5.2最大震度4 6月4日01時57分
私は、放射線測定器を見ること、扱うことは、これで三回目です。最初は、50年前、島根県立大田高校時代科学部化学班でウィルソンの霧箱を作成したとき、そしてその後、東京・神田の会社「東亜ラジウムK.K.」に勤めていたとき、ラジウム製品の検査のため理化学研究所に行き、検査の時お目にかかったものです。いわゆる「ガイガー カウンター」といわれていたものです。 普段の生活では、全く要らないものです。無用の長物ですが、まさか、50年後使うとは、思ってもいませんでした。しかも原発事故で測定するとは。 |
3月11日地震発生回数M2以上全国85回、福島を震源とする回数19回。詳しい2011年3月11日の地震情報をご覧ください。
ネットカフェからアップしているため震災の影響で遅くなりました。
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」3月11日14時46分頃に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。 この地震により宮城県栗原市で震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県で震度6強など広い範囲で強い揺れを観測しました。 また、太平洋沿岸を中心に高い津波を観測し、特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害がありました。 気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名しました。 (東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う原子力発電所事故による災害については、「東日本大震災」と呼称することとなりました。)-気象庁発表から |