3.11東日本大震災直後のいわき市久之浜町金ヶ沢地区の被災の様子です。(写真は、金ヶ沢在住;遠藤勝康氏提供)この集落は、9戸の小さな集落です。ここで3.11までは、平穏に生活が繰り返されてきました。原発は、これに拍車をかけ人々をどん底に追いやりました。どん底からは、その下はありません。上にあがるだけです。ここの集落で4名方が犠牲になりました。
この写真を写し、提供された遠藤さん家族は、原発爆発により避難指示が発令、12日以降湯本高校に避難生活を余儀なくされ、最近自宅に帰って来たとのことです。
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ここに小さなお社がありました
3.11大震災後の津波は、この小さな集落を飲み込み、根こそぎ生活を奪い去りました。
津波が押し寄せ、常磐線が防波堤の役割をしました。しかし生活道のトンネルから瓦礫を一気に北側の農地に流れ込んで来ました。
↑のところがトンネル(隧道)でそこから大量の津波の海水とともに海側で被災した家屋の瓦礫が漂っています。
↑のところがトンネル(隧道)でそこから大量の津波の海水とともに海側で被災した家屋の瓦礫が漂っています。
ここからは、大震災、津波が引いた翌3月12日「屋内待避」や避難指示、自主的避難の方も多くなりつつある時でした。津波警報が引き続き出ていました。
この所は、JR常磐線の鉄路
手前にあった民家は、津波で流され海岸の堤防で停まっています。
一回部分は無くなり、無残にも二階だけが残っています。
震災報告44 特報;3.11東日本震災の直後のいわき市久之浜町金ヶ沢地区の被災
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ここに住民が呆然としていました