コラム−2月16日
「船中八策」
幕末の慶応3年(1867年)6月坂本龍馬は後藤象二郎とともに長崎がら海路を京都に向かった。その船中で竜馬は「天下の政権を朝廷に奉還せしめ…」という大政奉還など国政の八つの試案を象二郎に示した。竜馬の「船中八策」だ▼
象二郎は一見して「絶妙」と称し、「僕これを(山内)容堂公に献じ、誓って藩論を一定せん」と。土佐藩は当時、公武合体と武力倒幕に割れていた。象二郎は藩論を統一する、と「八策」を容堂に提出。容堂の建白書が端緒となり、徳川慶喜の大政奉還が実現したとされる▼
大阪維新の会(代表・橋下徹大阪市長)が衆院選向けの公約集「船中八策」の骨格をまとめた。首相公選制導入どか参議院廃止とか年金掛け捨て制とか8つの柱を掲げている。別に船の中でまとめたものではないが、8本柱なので竜馬にあやかっての命名だろう▼
竜馬には大政奉還のほか「上下議政局を設け議員を置きて…万機よろしく公議に決すべき事」など、一定の民主的内容があるが、橋下氏の方はどうだろか。(2月16日)